地獄を越えて 16日目(8月4日)

終わらない夏休み 地獄を越えて 16日目(8月4日)

眉子は、敏江に後ろから二の腕を捕まえれ身動きがとれない。
「肘をぶつけたとき、電気が走ることあるだろ。あれをやってみよう。タイミングや打ち所が難しいぞ」
と言うと章一は木槌で眉子の肘を打った。
コン。
「痛いっ」
「ここじゃないな」
コン。
「あっ」
「ここも違う」
コン。
「いた~」
「なかなか当たらないな」
そんなことをしていると眉子の腕が反射的に跳ね上がった。
「ここだ。ここだ。ビリッときただろう。眉ちゃん」
コン。
「キャッ」
「お~、来てる。来てる」
章一は大喜びだ。
「私にもやらせて」と亜紀。
章一は眉子の肘を指さし、打つ場所やら角度を説明している。
コン。
肘で起こった電気は悪寒を伴い、肩、首筋を駆け上がり眉子の唇まで震わせる。
「き、気持ち悪いっ」
コン。
「やめて」
コン。
「あ~っ」
眉子は悪寒に身体を震わせ涙む。
「それじゃあ俺はこっちをやるよ」
章一は、もう片方の肘を打った。
「きゃーっ、やめて。もう、やめてください」
「やめてどうしてほしいのだ。また、昨日のようなハードなヤツいくか」
「う、ううっ」
眉子は、すすり泣いてうつむいた。
「それじゃあ、連続でいってみよう」
亜紀と章一は眉子の左右の肘を交互に木槌で打つ。
「やめて、やめて。気が変になりそう」
痛み自体は、今までの拷問に比べれば軽い方だが、神経が反射的に送ってくる悪寒は、我慢できるものではない。だが、眉子が苦しみを訴えれば訴えるほど、拷問は激しさを増し、時間も伸びるだけだ。
「疲れた。交代だ」
章一と敏江が、亜紀と明美が交代する。
「ぎゃあっ!い、痛い」
「おい、おい敏江。そんなに強く打つと骨まで砕けちまうぞ」
敏江も明美も、すぐに電気を走らせるコツを覚え、コンコンとリズムよく敲き始めた。
「や、や、やめてぇ~」
よほど辛いのだろう。眉子は半分白目を剥き、涎を垂らしながら呟くように言う。
「少し待て。やはりな」
拷問を中断させ章一は眉子の目をのぞき込みながら言った。
「こいつは、拷問慣れしてきているな。そろそろ、使おうかと思っていたが、今が使い時だろう」
章一はポケットからアンプルを取り出し薬を眉子に注射した。
「こいつは、訓練を受けたスパイなどを拷問するときに使う薬だ。人間の脳は苦痛や痛みが続くとオピオイドと呼ばれる麻薬物質を合成し、苦痛を和らげ、快感にすら変換するのだ。マラソン選手のランナーズ・ハイという現象や、SMのマゾと呼ばれる奴らもその物質の助けを借りるわけだ。眉子も連日の拷問で、オピオイド合成能が高まってきているようだ」
「マゾになるですって、とんでもないわ。この娘には、苦痛以外味あわせたくないわ」と亜紀。
「この薬は、オピオイド拮抗薬といって、その働きを無効にする薬だ。こいつを注射されると苦痛に慣れるということが無くなる。いつも一撃目のような激しい痛みを感じるようになるのさ。マラソン選手に注射すれば、1キロも走らないうちに音を上げるという代物だ。まあ、他にもいろいろな薬品が配合してあって、拷問用に特別に作られたヤツだから、現在考えられる最高の苦痛を味わうことになるんな」と章一。
「そんないい薬があるなら、最初から使えばいいのに」と亜紀。
「拷問に慣らす時間が必要だったんだ。拷問を受けたことのない女子高生にこの薬を使ったらすぐに心臓が止まって死んじまうか、発狂するからな。今の眉子なら1ヶ月程度ギリギリ保ちそうだ」と章一。
「しかも、興奮状態になるので、失神さえも出来ないようになる。地獄より辛いことになるぞ」
眉子への拷問がまた再会された。眉子自信も拷問への慣れの様な物を感じていた。拷問を長時間受けていると、痛みが最初の時よりやわらいでくるような感覚だ。そのうち、意識が遠くなり失神してしまう。
ところが、今の眉子にはそれがなかった。眉子の精神は、苦痛から逃れようと脳の中を彷徨っていた。今までは、痛みを緩和する場所や、意識を低下させてくれる場所があった。しかし、今はいくら脳の中で逃げ場を求めようと、新鮮な痛みが激しく襲いかかってくるのだ。 もう、これは「耐える」という言葉では意味をなさない。痛みを一方的に感受している状態である。そこには、科学の力で人間が受けることが可能な最高の痛みがあった。
中世の処刑などで拷問の果てに死んだ者の表情が、恍惚としているのは、それが自然だからである。この薬により自然の働きをたたれた者は死の瞬間まで苦痛に表情を歪め死んで行くことになるのだ。
「や、や、やめて、もう、耐えられませんっ」
眉子は断末魔のような表情で叫ぶ。
「耐えられなければ、勝手に気絶でもすればいいだろ」
「この程度の拷問でなに言ってるのよ」
「う・・・くっ・・・いたっ・・・ダメ・・・あーっ」
眉子は失禁した。昨日までならここで失神し、ゲームオーバーだったのだが、今日の眉子の意識はまだハッキリしている。
「あっうっ、あ~」
眉子は絶望の息を漏らす。これからが、限界を超えた拷問の始まりなのだ。
章一たちは互いに交代しながら眉子の肘を打ち続けていた。肘の皮膚は破け血が滲んでいる。眉子は汗まみれになりながら呻いている。2回目の失禁があった。まだ、拷問はつづく。
何時間たったのだろうか。
眉子の意識がプチンと切れた。いままで失神するときは、暗幕が引かれていくような意識の無くなり方だったが今回は突然の停電のように一瞬で気を失った。
「とうとう、切れたな。みろよ。目を開けたまま失神してるぜ。」
「明日から拷問部屋へ連れてくる前にこの薬を注射してきてね」と亜紀は敏江にアンプルをわたした。
敏江は死体のようになった眉子を抱えると地下牢へ運んでいった。